映画の「愛のタリオ」を見ました。イ・ソムが出ているので見ようと思ったのですが、俳優さんよりもストーリーが迫ってくる感じでした。あまりにも、愛と憎しみが表裏一体で苦しくなりそうなぐらいだった。
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本当にただ少しすれ違っただけなのに、あっという間に惹かれて、そしてその後は簡単に別れてしまうしかない関係のように見える気もするのに、そうでなかったならもしかしたら運命だったのかもしれない。子どもまで身ごもっているのにもういらないとたやすく女の手を離して捨ててしまうことが出来る男。本当は幼いのは女の方ではなくて男の方なのだ。与えられたものを今度はまた自分の身に受けて、繰り返す傷のつけあい。結局最後まで離れられないのなら、それもひとつの愛のカタチなのかもしれない。どこか似たもの同士の愛は他人がとやかく言うことが出来るような気がしないのだった。
怒りは感情の第二段階で、本当は第一段階の感情があるっていうことを思い出した。怒りという感情の手前にある悲しみというものが復讐に向かわせるのだ。相手を完膚なきまでに叩きのめしたいと思いながら、それはまるで自傷行為にも似ている気がしてしまう。傷つけたいのは自分なのか相手なのか・・・ 境目の曖昧さがこの映画では良く描かれていて、最後も傷を与え合ってそれでも寄り添うことを選んでしまう二人を見て愛というものの複雑さを感じるようなそんな感覚。
チョン・ウソンとイ・ソムの二人の演技もよかったです。成熟しているのに幼い、幼いのに成熟しているみたいな危うい二面性がアンバランスで見ててしんどいんだけと、とても人間だった。
ただ、色々すっ飛ばしたような部分も多くて、娘のチョンが一体どうやって日本人の会長をそこまで味方にしたのかと思っちゃうんだけどね。修羅場をくぐってきたような凄みを感じる女になって帰ってきたら説得力もあったんだけど、そこはイマイチ。詳細な状況とか知りたいわけではないけど、もう少しほんとっぽく見えたら良かった。
この映画のストーリーは韓国の民話の沈清伝(シムチョンジョン)を元にしているらしいので、シム・ハッキュ、シム・チョン、ペン・ドクという名前はそこからきているみたい。その話のままというよりモチーフにしているというイメージのよう。そう考えると本当は三人がメインだったのかな。見ている時はそうは感じなくて、あくまでも二人のストーリーとして私は見ちゃったので、娘の存在感は私にとっては薄めだったかも。
すごくという訳ではないけどわりと良かったです。少し苦い余韻。
愛のタリオが見れるのは・・・
⇒Netflix