【韓国映画】メタモルフォーゼ 変身 の感想 憑依だけじゃなく擬態も出来ちゃう!

「メタモルフォーゼ 変身」を見ましたよ~ エクソシストものなんですが、私はあんまりこのタイプの映画を見たことが無くてですねえ。そもそもの概念が分からない部分が多いかもしれないです。このジャンルで他に見たのって、ディヴァイン・フューリー 使者くらいだしなあ。あの時も「ほ~こんな感じなのか」と思ったねえ。

ところで、悪魔?悪霊ってのは、だいたいの作品で描かれる場合には、人に憑依するというのが定石だと思うんですが、この映画の場合はタイトルにもあるように、憑依するだけじゃなくて、変身して擬態することも出来ちゃうんですよね。なので、取りつかなくてもその人に成りすます能力もあるし、なんでも出来ちゃう悪霊な訳ですよ。そして、遠隔で車の事故を起こしさせたりもしてたんで、映画を見ている途中で「そんなまどろっこしい殺し方をしなくてもそれだけ能力があれば、皆殺しとか簡単に出来るんじゃ?」なんて身も蓋も無いことを思っちゃったんだなあ。なので、何でもありも嫌いじゃないけど、それならもっと突き抜けてて欲しいし、そうじゃないんだったらやはり制限された条件の中でのギリギリの攻防を見たいなと思ってしまうだなあ。

映画としてはまあそうなんだけど、私は、キリスト教(カトリック?)にも、エクソシストものにも明るくないので、そもそも悪霊とか悪魔ってなんなんだろう?という基本的な事柄について見ながら色々考えてしまったんですよねえ。そもそも悪魔はどうして人間を狙うのかな?神VS悪魔じゃないんですか?神様とは戦わないの?全然その道理がわからないです・・・ううむ。難しい。

あと凄く思ったのは、こういう映画はやはり音がすごく重要な位置を占めてるなあってこと。映像的に怖いと思う部分は無かったんですけど(むしろ血を吐く量が多すぎて、時間も長すぎて、ツボにハマって笑いがこみ上げて大変だった!)、音で驚くシーンが結構あって、そういうドキドキはありました。以前、「ようこそ映画音響の世界へ」を見たから映画を見る際に音響について意識的になってそう思うのかもしれないな~!

それにしても色々とよくわからん部分が多かった。引っ越し先の怪しい隣人が、以前ジュンスが救えなかった娘の父親だったのは分かったけど、悪霊が妻に乗り移ってる時にその人のことを殺したんだよね?じゃあ隣人になりすました悪魔自身があの動物の生贄とかを殺して飾ったの?悪魔自身が悪魔崇拝をするもんかな?あとはジュンスになりすましてたけど、司祭になりすますのも可能なんですかね?とか。ペク・ユンシクが演じたバルタザール神父は一体なんだったん?色々と状況説明のために使われてるように見えてしまって違和感がちょっとあったかもなあ・・・

そして本当に全然ストーリーとは関係ないですが、刑事ものを見慣れてる私は、ああいう変死体があったら、どういう事件として処理されるんだろうと考えてしまった!そして劇中、隣人が発する「音」に関しては非常に敏感に対応してたけど、それよりも匂いが凄かったんじゃないかと思ってしまうんだけど、そこは触れられてないのもちょっと不自然な気がしちゃったな。

まあとはいえ、きっとタイトルの「変身」という意に含まれるであろう、あの家族たちが本性を現した姿というのは素晴らしい演技でめちゃ怖かったです。得体のしれない悪魔という存在よりも人間の中に巣食う悪魔の存在の方が興味深く感じてしまうのかもしれない。

そして、ラストのジュンスのあの自己犠牲は、実は自己救済なんだろうな。誰かを救うことができたという事が彼には必要だったのでしょうか・・・

 

メタモルフォーゼ 変身が見れるのは・・・