【韓国ドラマ】私のIDはカンナム美人 の感想 外見を変えただけでは美人になれないのかも

「私のIDはカンナム美人」の視聴を終了しました!これ結構面白かったなあ。割とリアルだな~と思うところもあったし、ト・ギョンソクが容姿だけじゃなく性格までもカッコ良い徹底的ないい男だったのもチャ・ウヌに合ってて良かったな。新米史官ク・ヘリョンの時の役はちょっと子どもっぽい感じの性格であんまり似合ってない気がしたのでこういう役の方が素敵だなって思う。

 

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あと、チャ・ウヌとイム・スヒャンは調べてみたら1997年と1990年生まれでなんと7歳も差があるんだけど、全然そう見えなかったのですよ!確かに他のドラマで見たイム・スヒャンはもっと大人っぽいイメージだったのだけど、カン・ミレ役では自分に自信がない感じのおどおどした大学生に完璧に見えたので、二人の相性も悪く無い感じ。イム・スヒャンの演技がうまかったのと、ト・ギョンソクがクールで大人っぽく見えたのもあって良い具合に二人が近づいて同い年くらいに見えて大成功って感じだったのかもしれません!

このドラマのテーマとなっている容姿の問題というのは相対的なもので絶対的なものではないですもんね。時代によって流行りの顔だって変わるし、それこそ蓼食う虫も好き好きという言葉があるように人によって好みも違うもの。結局は人にどう思われるかが問題ではなくて自分がどう捉えるかっていうことなのかな・・・ だからカン・ミレが整形をしていわゆる美人になってからも容姿が変わるだけでは根本的には何も変わってなくて、そこじゃなくて自分の心の問題に気づいていくことを描いているのがこのドラマのストーリーの中心ですよね。だから割とうまく出来てるなあと思ったんですよね。

あとすっごいリアルだな~と思ったのは、男性で人の容姿を判断する権利があると勘違いしてる人が多いことをうまく描写してたこと!それも自分の容姿を棚上げにして、それもさも正しいことをしているかのように女性に対しわざわざそれを言ってくる人が多い。女性は心の中で思っても、自分とよっぽど関係性がある人とかじゃないと他人にまで言ったりはしないけど。こういう描写が出てくるのもそれがオッケーとされてるという認識がなんとなくある社会ってことだよなあ。それは日本も韓国も同じなんだなあなんて思いましたね。

まさにこのドラマの中で大学の先輩たちは自分がイケメンというわけでもないのに後輩の女の子たちに対して、それも「お前のためを思って」というまるでさも正しいかのように外見を指摘しててマジで気持ち悪かった。あれはドラマだから大袈裟にしてるところもあるけど、まさに現実にもあることだな。でもこうやってドラマでそういうのを可視化することで言ってる側も言われる側もこういう事はするべきじゃないし、言われたら黙って我慢する必要もないってことだって認識が生まれるとしたら意義があるよななんて思って見てました。

ト・ギョンソクのお母さん役のパク・チュミがとても美人だったー!チャ・ウヌの母親役にピッタリの美しさ~ 説得力のあるキャスティングだったなあ。

そんな容姿に恵まれた人達にだって、結局それぞれ悩みはあるんですよね。ギョンソクだって、その母親だって、スアだってそう。それを武器にしてうまく生きられる人もいるかもしれないし、その部分だけに注目されてしまって内面を見てもらえないことが辛いと感じることもあるのかもしれない。

ミレのルームメイトのヒョンジュンを演じてたドヒは可愛いよね。ちょっと個性的で割と好き。声もいいなと思ったら歌手なんですね~ ちょっと歌も聞いてみたい。ウヨン先輩とお似合いだったからうまく行けばいいなあなんてちょっと応援してましたよー

カンナム美人というのが整形美人の代名詞っていうのは、カンナムに整形美容外科が沢山あるからとかなのかな?わりとミレのセリフに「まさに整形顔って言われる」みたいなのがあったんだけど、イム・スヒャンが実際に整形をしているかは全く分かりませんが、こういう設定の役を演じるのはどんな気持ちなんだろう~なんてちょっと思ったりも。でも整形を題材に容姿というものについて、そして容姿を気にする内面にも踏み込んで描いてあって興味深く見れたなと思います!単にト・ギョンソクいい男~っていうのを楽しむのもいいと思いますね。だってスアが意地悪してることに気づく男の子なんていないよね。ファンタジー!

 

私のIDはカンナム美人が見れるのは・・・







【韓国ドラマ】新米史官ク・ヘリョン の感想 イ・リムはク・ヘリョンのどこに惹かれたのかな・・・

「新米史官ク・ヘリョン」の視聴を終了しました。残念ながら私はあんまり楽しめなかったのよね・・・ 19世紀の李氏朝鮮時代が舞台のドラマだったんですが、つまり日本だと江戸時代な訳ですよ。その頃に仕事を持つ女性として、恋愛や結婚に対しても新しい考えを持つ女性を描きたかったんだろうけど、あの頃の時代なりの新しい女性像ではなくて、ただ時代劇の背景や服装でコスプレした現代劇的なストーリーになってしまっててその辺がどうもな~と思ってしまうのでした。

16話で終わりだと思って頑張って見てたら、16話になっても全然完結しそうにない展開で、あれ?と思ったら全20話のドラマだったという。もう16話まですでに息切れ状態だったからあと4話もある・・・と知ったらあわや挫折しそうになったんだけども、なんとかかんとか少しずつ見てやっと完走したって感じです。ちょっと内容も引っ張りすぎなのよねー

 

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チャ・ウヌとシン・セギョンの相性もイマイチに感じてしまったなあ。なんだかチャ・ウヌの演じたイ・リムがやや子どもぽい性格のせいもあってか、イケメンというよりひたすら可愛らしく幼く見えちゃう感じなんですね。かっこよく大人っぽく見えたら、シン・セギョンが演じたク・ヘリョンとの恋人感も醸し出せたのかもしれないんですが、そういうトキメキはこれっぽっちも感じられないのだな。

チャ・ウヌの顔が小さすぎるせいもあるのか、シン・セギョンの顔がデカく見えちゃった気もするので(彼女も十分美人で小顔だとは思うんだけども)、彼の恋人役はちょっと人を選ぶのかもしれない。私のIDはカンナム美人での恋人役のイム・スヒャンと恋人同士の役は全然違和感無かったし、チャ・ウヌからも可愛いじゃなくてカッコイイを感じられたんですけどね。ヌナより同い年ぐらいとか年下の女優さんとの方が相性が良いのかな~ それとも時代劇の衣装だったせいなのかもしれない。

ラストの感じもねー。そもそも今でもまだ事実婚が一般的に認められてるわけでもない気がするのに、あの時代にあのくらいの年齢であれだけ自由な間柄ってのは無理があるのでは?それも男性は確かな血筋の人ですし、そういう状態のままが許されるとは思えないな。正妻がいて、外に愛人を作るとかならあったんだろうけども・・・ できればそれなりにこっちが納得できる程度の設定にして欲しいものですな。そんな訳ないでしょみたいな気持ちになってしまって全くストーリーに入り込めないよ・・・

シン・セギョンよりもサヒ役のパク・ジヒョンがきりっとした美人で好みだったなあ。イ・ジフンも韓服が似合ってて素敵だったけど、結局彼の存在も恋敵でもなく、なんだったんだろう?ただ親の威光を笠に着ないで自分の道を歩く自立した先輩ってことだったんかな。色々な人が出てきたけど、心惹かれる人いなかったわあ。残念ねー

多分、チャ・ウヌが時代劇ってどんな感じかなーとちょっと期待を持って見始めたので余計にガックリ度が高かったのかもしれないです。ハベクの新婦でシン・セギョンへの苦手意識が払拭されたかな~と思ったんだけど、やっぱり話し方が気になるなあ。時代劇だと余計にかもしれない。私は時代劇なら時代劇、現代劇なら現代劇とはっきりしたベタなドラマの方が好きだと実感。現代風な要素を取り入れた時代劇は苦手みたいです。

 

新米史官ク・ヘリョンが見れるのは・・・
⇒Netflix